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東京高等裁判所 平成7年(ネ)4144号 判決

主文

原判決を取消す。

控訴人と被控訴人とを離婚する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

【事実及び理由】

一  控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加する他は、原判決の事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人

原判決は、被控訴人の控訴人に対する暴行と控訴人の固い離婚意思を認定し、婚姻関係は回復の見込のない程度に破綻しているといえなくもないといいながら、控訴人のこれまでの不満・不信等を解消する機会を被控訴人に与えた上で結論をだすべきであるとしているが、被控訴人の暴行と控訴人の離婚意思を前提にする以上、率直に婚姻関係が回復の見込のない程度に破綻していると認めるべきであって、被控訴人に機会を与えるとの点も、別居後三年以上経過しており、その機会はすでに十分与えられたものというべきであり、控訴人の離婚請求を棄却した原判決は取り消されなければならない。

2  被控訴人

被控訴人の身体障害状況は、日常生活や活動には配偶者、近親者の介護協力が必要であり、これがなければ到底正常な健康を維持してゆくことが困難な状況にあるのである。そしてそのような被控訴人が暴力的な性格を有することもない。他方控訴人は、婚姻期間中に被控訴人の預金等から多額の金員を窃取・着服しており、このため被控訴人は経済的にも非常な損害・打撃を与えられた。また控訴人は、婚姻中のかなりの期間に、被控訴人の信頼を裏切り、複数の男性との交際を続けていたものである。このような両者の行状をみてみれば、現在のような状況に至ったのは、ほとんど専ら控訴人の責に帰すべき行為等に由来しているものであり、仮に婚姻関係が破綻しているとしても、破綻に至る控訴人の責任は被控訴人のそれに比して著しく大きいものであるから、かかる場合は控訴人の離婚請求は認められるべきではない。

三  証拠は、原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

四  当裁判所は、控訴人と被控訴人の夫婦関係は現在完全に破綻しており、その回復の見込みはないというべきであり、このような状況に至ったについては、どちらかといえば被控訴人に過半の責任があり、少なくとも控訴人に専らその責任があるということはできないと考えるから、控訴人の本件離婚請求は認められるべきであると判断する。その理由は、以下のとおりである。

1  原判決掲記の各証拠及び当審での和解の経過等の弁論の全趣旨によれば、控訴人と被控訴人は昭和四七年二月二一日婚姻し、同年五月六日長男を、昭和四九年三月二五日次男をもうけたが、現在子供二人はいずれも独立していること、控訴人と被控訴人は婚姻以来共働きをしており、数回転職をしているが、現在は控訴人が事務員として稼働し、被控訴人は自営業を営んでいること、被控訴人の肩書住所地の土地建物は被控訴人の相続財産の売却代金と借入金で取得したものであり、控訴人と被控訴人の共有名義になっていること、被控訴人は、現在一級の身体障害者であるが、これまでに原判決三丁表二行目から裏一行目まで(ただし、同表八行目に「周三回」とあるのを「週三回」と、同裏一行目に「人口肛門」とあるのを「人工肛門」と各訂正する)に記載のとおりの事故や病気を経験してきたこと、また被控訴人は、原判決三丁裏三行目から四丁表九行目までに記載のとおり控訴人や第三者に対し粗暴な行為や暴力を振るったことがあり、このため、どちらかといえば内向的な性格である控訴人は、被控訴人が何か問題が生ずると控訴人を威圧してこれを解決しようとする傾向があるとして、不満を抱き、被控訴人との結婚生活に失望感をつのらせていったこと、このような中で、前記のとおり平成五年三月三一日夜被控訴人が仕事上の不満から物に当たって家の中を散乱させ、翌朝控訴人がこれを片付けた際被控訴人に対して不満そうな顔を見せたことから、被控訴人がテーブルを傾け、控訴人に対しスリッパを投げつける等の暴力を振るい、これを原因として控訴人が家出をし、以来控訴人と被控訴人は、控訴人が短期間家に戻ったことがあるのを除いて、別居をしていること、現在控訴人の離婚意思は非常に固く、当審における和解の席では、離婚さえ認められれば財産分与等の財産給付は一切いらないと述べたこともあるほどであること、他方被控訴人は、一応控訴人が戻ることを希望すると述べるものの、他方で、被控訴人に落ち度はないから、もし控訴人が離婚したいのならば慰謝料を支払えなどと主張し、自己の問題点とそれによる控訴人の心情を思い遣る等の態度や自己の行為に対する自省の弁は聞くことができない状況であること、以上のとおり認めることができる。

2  しかして、以上の認定事実によれば、控訴人と被控訴人の婚姻関係は、現状では回復の見込みがないほどに破綻しているものといわなければならない。そしてその破綻の原因は、控訴人においても被控訴人の身体状況等に対する理解が不足していたという問題点があるものと推測できるのであるが、しかし第一には、いかに自己に責任のない身体障害があり、また負傷や病気があって同情すべき余地があるにしても、自らの苦しみを控訴人に対する暴力や控訴人の目の前での物に対する破壊等でしか解消する道を見出すことができず、しかもそのような行為が女性である控訴人に対してどのような恐怖感等を与えることになるかなどの推察をすることができなかった被控訴人にあるものといわなければならない。しかもそのような自己中心的で、時として他罰的な被控訴人の態度は、原判決において「被控訴人のとってきた態度が女性である控訴人に対しいかに恐怖心を与えるかに留意し、自己を抑制し、威圧的・抑圧的な態度を改め、控訴人の心情をおもいやりながら意思の疎通を図ることにより、控訴人のこれまでの不満・不信等を解消するという機会を与えた上で、(離婚を認めるという)結論を出すのが相当」と懇切な説示を受けた後も、前記当審和解の席での態度のように自省の跡がほとんど見られないのである。このような事情を考慮すれば、現に控訴人と被控訴人の婚姻関係は回復の見込みのない程度に破綻を来しており、その原因の過半は被控訴人にあるとみられるのであり、少なくとも専ら控訴人にあるということはできないものであることは明らかであるといわざるを得ない。なお被控訴人は、当審において、前記のとおり婚姻破綻の原因は専ら控訴人にあると主張するところ、被控訴人の主張するような控訴人の金員着服等の事実を認めるべき十分な証拠はないし、控訴人の異性関係については、平成元年夏頃までのことであって、その交際の程度も判然とせず、これが現在の婚姻関係破綻の原因であると認めることはできない。

3  以上によれば、控訴人と被控訴人の婚姻関係は現在では回復の見込みがない程度に破綻しており、その破綻の原因は、前記のとおり、控訴人にも被控訴人の置かれた身体障害等の状況に対する理解の不足等の問題点が指摘できるものの、第一には、自らの苦しみを控訴人に対する暴力等でしか解消することができず、その行為の控訴人に与える影響等に対する推察ができなかった被控訴人にあり、控訴人と被控訴人の責任の程度を比較すれば、どららかといえば被控訴人の責任が重く、少なくとも控訴人に専ら責任があるということはできないのであるから、控訴人の本件離婚請求はこれを認容すべきである。

五  よって、控訴人の離婚請求を棄却した原判決を取消して、控訴人の本件離婚請求を認容することとし、第一、二審の訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 伊藤瑩子 裁判官 佃 浩一)

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